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海の描写について

山本周五郎 「青べか物語」より抜粋

 「砂なんて、おっかしなもんだなぁ」と富なあこが云った。

 「うう」と倉なあこが云った。

 五月十七日の晩で、二人は沖へ魚を「踏み」に来たのであった。汐が大きく退く満月の前後には、浦粕の海は磯から一理近い遠くまで干潟になる。水のあるところでも、足のくるぶしの上三寸か五寸くらいしかない。そこで、馴れた漁師や船頭たちは魚を踏みにゆくのであるが、その方法は、――月の明るい光をあびながら、水の中を歩いていて、「これは」と思うところで立停り、やおら踵をあげて爪先立ちになる。すると足の下に影が出来るので、魚がはいって来る。筆者もこころみたことがあるが,魚の入ってくることはたしかで、――はいって来たあと、呼吸を計って、それまで爪先立ちになっていた踵をおろしざまその魚を「踏み」つけ、かねて用意の女串で突き刺す、というぐあいにやるのであった。捕れるのは鰈が多く、あいなめとか、夏になるとわたり蟹なども捕れるが、蟹の場合は別に心得があった。

 

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名文。

青べか物語自体はつまらないので読まなかった。

上記は、『新・ちくま文学の森 世界は笑う』より。

魚の捕り方の説明がほとんどで、情景を説明するのはほんの少しなのに、神秘的な情景が浮かぶのはなぜだろう。

 

『足のくるぶしの三寸か五寸くらい上までしかない遠浅の海に、満月(か、その前後)の晩に魚を「踏む」』というのがすごく味がある。